大阪地方裁判所 平成9年(ワ)6891号 判決 1999年9月08日
本訴原告
白沢ヒロエ(以下「原告白沢」という。)
原告(反訴被告)
森光美文(以下「原告森光」という。)
右両名訴訟代理人弁護士
岩田研二郎
木下和茂
本訴被告(反訴原告)
医療法人仁成会(以下「被告」という。)
右代表者理事長
串田大成
右訴訟代理人弁護士
三ツ石雅文
(ほか九名)
右訴訟復代理人弁護士
中尾勝彦
石井裕
主文
一 被告は、原告白沢に対し、一七九万九五八七円及び内金六二万三六〇三円に対する平成九年七月二六日から支払済みまで、内金一一七万五九八四円に対する平成一一年一月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告白沢に対し、一一七万五九八四円を支払え。
三 被告は、原告森光に対し、一五一万六〇一〇円及び内金八〇万八三八五円に対する平成九年七月二六日から支払済みまで、内金七〇万七六二五円に対する平成一一年一月二九日から支払済みまで各年五分の割合による金員を支払え。
四 原告白沢のその余の請求を棄却する。
五 被告の反訴請求を棄却する。
六 訴訟費用は、本訴反訴を通じ、全部被告の負担とする。
七 この判決は、第一項及び第三項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 本訴
1 原告白沢
本訴被告(以下「被告」という。)は、原告白沢に対し、三〇八万六六一一円及び内金六七万三六四三円に対する平成九年七月二六日から支払済みまで、内金一二〇万七七六二円に対する平成一一年一月二九日から支払済みまで各年五分の割合による金員を支払え。
2 原告森光
主文第三項と同旨
二 反訴
原告森光は、被告に対し、五三万二五四七円及びこれに対する平成一〇年八月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本訴は、被告に対し、原告白沢が、所定労働時間を超える残業や休日勤務に対する割増賃金及び附加金の支払を求め、原告森光が、調整手当、定期昇給及び賞与の一部が未支給であるとしてこれらの支払を求めた事案であり、反訴は、被告が、原告森光に対し、同原告が施したリハビリ治療の際の過失から被告経営の病院の入院患者に負傷を負わせたため、被告がその治療費等の支払を余儀なくされて損害を被ったと主張し、その賠償を求めた事案である。
一 当事者間に争いのない事実等
1 当事者
(一) 被告は、肩書住所地で、外科、整形外科、内科、放射線科、理学療法科を有する串田病院を経営し、医師を除き、同病院職員として約八〇名の従業員を擁する医療法人である。
(二) 原告白沢は、昭和四九年一月一日から被告に雇用されて串田病院に勤務し、受付事務及び医療事務に従事している。
また、串田病院の職員で組織する労働組合である串田病院職員組合の委員長である。
(三) 原告森光は、視力障害者で、鍼灸師、あんま指圧マッサージ師の資格を有し、平成六年六月二〇日から被告に雇用されて串田病院に勤務し、理学療法室(リハビリ室)において、リハビリ治療に従事している。
原告森光は、串田病院職員組合の組合員である。
(四) 串田病院の従業員の賃金は、毎月二〇日締切りで、二八日が支給日である(<証拠略>)。
2 原告白沢の請求に関する労働条件等
(一) 時間外勤務と割増賃金
(1) 串田病院従業員に適用される平成二年六月改定の就業規則(以下「就業規則」という)二八条によれば、原告白沢の勤務種別である「定型勤務」(医療事務職はこれに該当する。)の所定労働時間は次のとおりである。
平日 九時から一七時(実労働時間七時間)
土曜日 九時から一二時三〇分(右同三時間三〇分)
休憩時間 平日のみ 一二時三〇分から一三時三〇分
(2) 就業規則の給与規程(以下「給与規程」という。)一一条は、「時間外手当」について「所定就業時間を超える早出、残業一時間につき、次の算式により算定した割増賃金を支払う。」と規程しており、その算式は平成七年当時から次のとおりであった。
(基本給+諸手当)÷一か月所定労働時間間(ママ)×一・二五
右諸手当には、皆勤手当(精勤手当)、役職手当、調整手当、作業手当、資格調整手当、住宅手当が含まれる(給与規程七条二項)。
(3) 平成六年七月までは、原告白沢が時間外労働を行った場合、右(1)(2)の基準で時間外手当の支給がなされてきた。
しかるに、被告は、平成七年二月から時間外手当を支払っていない。
(二) 休日勤務と割増賃金
(1) 就業規則三六条及び三七条によれば、串田病院従業員の休日の定めは次のとおりである。
ア 日曜日
イ 「国民の祝日に関する法律」に基づいて定められた休日
ウ 年末年始(一二月三一日から一月三日まで)
エ 病院創立記念日(二月一日)
このうち、労働基準法三五条の定めに従って被告が付与する、いわゆる法定休日は日曜日である。
串田病院では平成六年四月から四週六休制が導入され、さらに、平成七年四月から変則週休二日制が導入された。
右週休二日制においては、「給与対象期間(毎月二一日から翌月二〇日)の休日は、日曜・祝祭日を含む八日とする」「日曜・祝祭日以外の休日は原則として土曜日に限る」とされている。したがって、特に指定のない限り、当該月の全ての日曜日、祝祭日のほか、それを含めて八日に満つるまでの日数の土曜日が公休日となる。
(2) 串田病院の従業員が法定外休日に勤務した場合には、勤務時間に応じて、時間外手当と同じ算式によって算定した休日勤務手当が支給されることとなっている。
(三) 右の時間外手当や休日勤務手当の算定に用いられる「一か月の所定労働時間」について、原告は次の算式により一五六・三時間とすることを主張しているところ、被告はこれを争わない旨述べている。
{三六五日-(八日×一二か月)-一日}×七時間÷一二か月=一五六・三時間
3 原告森光の請求に関する労働条件等
(一) 原告森光は、被告に雇用されるに当たり、「従来勤めていた病院で支給されている賃金を下回ることは困る」との条件を提示し、被告がこれを受け入れたため、同原告及び被告間で、同原告の賃金について次のとおり合意された。
基本給 二四万円
資格調整給 基本給の三パーセント(一〇〇円未満切り捨て)
家族手当 一万円
皆勤手当 一万円
住宅手当 八〇〇〇円(平成七年四月より九〇〇〇円)
調整手当 三万円
また、基本給の定期昇給については、毎年四月、六月、一二月に一律に行われてきた。
(二) 給与規程二〇条は、原則として毎年七月及び一二月に賞与を支給すること、支給額は「基本給+諸手当を基とし、支給期間における各人の勤務状況に応じて決定する」と規定し、同規程二四条(勤怠控除)は、「賞与の勤怠対象期間に勤怠があった場合には、一ケ月所定労働日数二五日として、勤怠によって算出した額を控除する。」と規定している。
被告は、この規程に従い、基本給及び諸手当を基に、夏季賞与は一・五か月分、冬季賞与は二・五か月分という水準で一律に支給率を決め、そこから従業員各人の勤怠控除をして算出した額を賞与として支給してきた。
(三) 被告は、原告森光に対し、
(1) 平成八年四月から調整手当三万円を一万円に減額した。
(2) 平成八年四月の定期昇給二五〇〇円、同年六月の定期昇給二〇〇〇円を原告森光に適用せず、同年一二月の定期昇給二〇〇〇円についても、原告森光に対しては一〇〇〇円のみしか昇給させなかった(なお、被告は、定期昇給について減額支給したことを認めており、弁論の全趣旨からして、本来の定期昇給額についての原告の主張を争わないものと認められる)。
(3) 賞与を次のとおり減額した(なお、被告は、賞与について減額支給したことを認めており、弁論の全趣旨からして、本来の支給額についての原告の主張を争わないものと認められる)。
ア 平成七年冬季賞与
<1> 本来の支給額 七二万三〇〇〇円
支給率 二・五か月
支給基礎金額 二八万九二〇〇円
(内訳)基本給 二四万二〇〇〇円
諸手当 四万七二〇〇円
(資格調整手当七二〇〇円、調整手当三万円、皆勤手当一万円円(ママ))
<2> 支給額 六一万四五五〇円
<3> 減給額 一〇万八四五〇円
イ 平成八年夏季賞与
<1> 本来の支給額 四四万三八五〇円
支給率 一・五か月
支給基礎金額 二九万五九〇〇円
(内訳)基本給 二四万八五〇〇円(ただし、定期昇給額四五〇〇円を加算)
諸手当 四万七四〇〇円(資格調整手当七四〇〇円、調整手当三万円、皆勤手当一万円)
<2> 支給額 二八万五九一五円
<3> 減給額 一五万七九三五円
ウ 平成八年冬季賞与
<1> 本来の支給額 七三万九七五〇円
支給率 二・五か月
支給基礎金額 二九万五九〇〇円
基本給 二四万八五〇〇円(右同)
諸手当 四万七四〇〇円(右同)
<2> 支給額 五四万二六〇〇円
<3> 減給額 一九万七一五〇円
エ その後の賞与についても、原告森光に対しては右調整手当の減額及び定期昇給の不昇給(合計二万五五〇〇円)を前提にして、次のとおり支給された。
<1> 平成九年夏期(ママ)賞与(一・五か月)
<2> 平成七年冬季賞与(二・五か月)
<3> 平成一〇年夏期(ママ)賞与(一・五か月)
<4> 平成一〇年冬季賞与(二・二五か月)
減給額合計(二万五五〇〇円×七・七五か月) 一九万七六二五円
4 伊藤年子の骨折事故
(一) 伊藤年子(以下「伊藤」という。)は変形性膝関節症で、平成七年一〇月一六日、串田病院に入院し、同月一七日左膝人工関節置換術の手術を受けた。
伊藤に対しては、手術による患部の腫れを取り除くこと及び関節運動機能の回復を目的として、同月二四日から、リハビリ治療が開始された。
右リハビリ治療は、一回当たり一〇ないし一五分間をかけてなされ、日曜日を除いてほぼ毎日行われた。右リハビリ治療の担当者は決まっておらず、リハビリ主任の木下博義(以下「木下」という)(ママ)、原告森光、町井らが交替で行っていた。
(二) 原告森光は、同年一一月一一日、伊藤に対するリハビリ治療を行った。
(三) 同月一四日、伊藤の左脛骨近位端骨折(以下「本件骨折」という。)の負傷が判明した。
二 本件の争点
(本訴)
1 原告白沢関係
原告白沢に対する未払賃金の有無及び額
(一) 原告白沢が時間外勤務及び休日勤務をしたか否か(争点1)
(二) 時間外勤務等につき、代休処理の慣行によって、時間外手当の請求権が放棄されたか否か(争点2)
2 原告森光関係
調整手当の減額並びに定期昇給及び賞与を不支給ないし減額とした査定に合理性があるか否か(争点3)
(反訴)
伊藤の骨折が、原告森光の過失に起因するものか否か(争点4)
第三当事者の主張
一 (本訴)原告白沢関係―争点1(同原告の時間外勤務及び休日勤務)について
1 原告白沢の主張
(一) 原告白沢の時間外勤務
(1) 原告白沢は、交通事故による負傷の治療で、平成六年七月一三日から平成七年二月二〇日まで休職し、同月二一日から職場復帰した。
同原告は右職場復帰後、少なくとも、次のとおり、所定労働時間を超えて勤務した(なお、以下の時間外勤務のうち、ア及びオには、休日出勤の勤務時間を含む)。
ア 平成七年二月二一日から平成九年二月二〇日まで 一八六・五時間
イ 同年二月二一日から同年三月二〇日まで 一二・五時間
三月四日 四時間
五日 四・五時間
六日 四時間
ウ 同年三月二一日から同年四月二〇日まで 一九・五時間
四月一日 三・五時間
三日 六時間
四日 六時間
七日 四時間
エ 同年四月二一日から同年五月二〇日まで 八・五時間
五月一日 四時間
二日 二時間
六日 二・五時間
オ 同年五月二一日から平成一一年一月二〇日まで 五三七・五時間
(2) 右時間外勤務に対する割増賃金は次のとおりである。
ア 平成七年二月二一日から平成九年二月二〇日まで(一八六・五時間)
平成七年二月分の原告の賃金によって算出した左記金額を下回らない。
<1> 基本給及び諸手当 二六万七七〇〇円
<2> 一か月所定労働時間 一五六・三時間
<3> 一時間当たりの単価 二一四一円
(二四万三四〇〇円+二万四三〇〇円)÷一五六・三時間×一・二五≒二一四一円
<4> 右期間の割増賃金 三九万九二九六円
一八六・五時間×二一四一円=三九万九二九六円
イ 平成九年二月二一日から同年三月二〇日まで(一二・五時間)
<1> 基本給及び諸手当 二七万八四〇〇円
<2> 一か月所定労働時間 一五六・三時間
<3> 一時間当たりの単価 二二二六円
(二五万一九〇〇円+二万六五〇〇円)÷一五六・三時間×一・二五≒二二二六円
<4> 右期間の割増賃金 二万七八二五円
一二・五時間×二二二六円=二万七八二五円
ウ、エ 同年三月二一日から同年五月二〇日まで(合計二八時間)
<1> 基本給及び諸手当 二八万一〇〇〇円
<2> 一か月所定労働時間 一五六・三時間
<3> 一時間当たりの単価
(二五万四四〇〇円+二万六六〇〇円)÷一五六・三時間×一・二五≒二二四七円
<4> 右期間の割増賃金 六万二九一六円
二八時間×二二四七円=六万二九一六円
オ 同年五月二一日から平成一一年一月二〇日まで(五三七・五時間)
<1> 一時間当たりの単価は右二二四七円を下回らない。
<2> 右期間の割増賃金
五三七・五時間×二二四七円=一二〇万七七六二円
(3) 以上合計 一六九万七七九九円
(二) 休日勤務手当
(1) 被告の休日の定めからして、原則として土曜日と日曜日が公休日であり、平成九年三月分から五月分(前月二一日から当月二〇日までを当月分とする。)の原告の公休日は次のとおりである。
ア 三月分 二月二二日(土)、二三日(日)、三月一日(土)、二日(日)、八日(土)、九日(日)、一六日(日)、二〇日(祝)
イ 四月分 三月二二日(土)、二三日(日)、二九日(土)、三〇日(日)、四月五日(土)、六日(日)、一二日(土)、一三日(日)
ウ 五月分 四月二六日(土)、二七日(日)、二九日(祝)、五月三日(祝)、四日(日)、五日(祝)、一一日(日)、一八日(日)
(2) 原告は、右公休日のうち、次のとおり出勤して勤務した。
ア 三月分
二月二二日(土)三・五時間 法定外休日
三月一日(土)五・五時間 法定外休日
二日(日)五・五時間 法定休日
八日(土)三・五時間 法定外休日
法定外休日労働時間 合計一二・五時間
法定休日労働 合計五・五時間
イ 四月分
三月二二日(土)三・五時間 法定外休日
二九日(土)三・五時間 法定外休日
四月五日(土)一一・五時間 法定外休日
六日(日)四・五時間 法定休日
一二日(土)三・五時間 法定外休日
法定外休日労働時間 合計二二時間
法定休日労働 合計四・五時間
ウ 五月分
四月二六日(土)三・五時間 法定外休日
五月三日(祝)一一・〇時間 法定外休日
四日(日)六・〇時間 法定休日
法定外休日労働(ママ) 合計一四・五時間
法定休日労働 合計六・〇時間
(3) 右休日労働に対する割増賃金は次のとおりである。その合計は一八万一〇五〇円となる。なお、右算定に当たって、法定休日については労働基準法に基づき三割五分の割増とした。
ア 三月分
法定外休日分 一二・五時間×二二二六円×一・二五=三万四八七一円
法定休日分 五・五時間×二二二六円×一・三五=一万六五二八円
イ 四月分
法定外休日分 二二時間×二二四七円×一・二五=六万一七九二円
法定休日分 四・五時間×二二四七円×一・三五=一万三六五一円
ウ 五月分
法定外休日分 一四・五時間×二二四七円×一・二五=四万〇七二六円
法定休日分 六・〇時間×二二四七円×一・三五=一万三四八二円
(4) 以上合計 一八万一〇五〇円
(三) そこで、原告白沢は、被告に対し、
(1) 休日勤務を含む時間外勤務の割増賃金として
ア 平成九年五月分まで六七万一〇七八円とこれに対する訴状送達の日の翌日(平成九年七月二六日)から支払済みまでの遅延損害金
イ 同年六月分から平成一一年一月分までの一二〇万七七六二円とこれに対する平成一一年一月二九日から支払済みまでの遅延損害金
(2) 右(1)イと同額の附加金(労働基準法一一四条)
の各支払を求める。
2 被告の主張
原告白沢が所定労働時間外の勤務や休日勤務したとの事実は否認する。
個人勤務表(<証拠略>)には残業の記載があるが、本人がそのように記載しているに過ぎない。被告では、従業員に対し、常々、時間外労働をしないよう従業員に指導してきたし、時間外勤務等をしなくて済むよう事務職員は一〇人も雇用している。
同原告は、自己都合で残りながら残業と称しているに過ぎず、また、自己都合で勝手に休日に出てきて休日出勤と称しているに過ぎない。
串田病院では、当直(休日勤務も含む。)の場合、業務日誌を付けることになっているが、同原告休(ママ)日出勤したと主張するいずれの日にも、同原告が記載した業務日誌は存しない。
二 (本訴)原告白沢関係―争点2(代休処理の慣行)について
1 被告の主張
(一) 串田病院では、平成四年八月ころから時間外勤務等について、代休で処理する慣行が成立していた。その内容は次のとおりである。
(1) 時間外労働七時間につき、一日代休を取得する。
(2) 時間外労働三・五時間につき、半日代休を取得する。
(3) 土曜日に出勤(九時ないし一二時三〇分)した場合、一日代休を取得する。
(4) 九時から一七時までの勤務の日に、一六時で早退する場合、一時間代休処理できる。
(二) 原告白沢も、この慣行に従って代休を取得しており、被告も黙認していた。
よって、仮に同原告が時間外勤務等をしたとしても、これに対する割増賃金の請求権は、代休処理により明示又は黙示に放棄されている。
2 原告白沢の主張
(一) 代休処理については、被告が一方的に導入したもので、慣行といえるものではない。
(二) 労働基準法が定める割増賃金の支払義務は強行法規であり、これに反する慣行によって使用者が割増賃金支払義務を免除されることはない。
三 (本訴)原告森光関係―争点3(調整手当減額等の合理性)について
1 原告の主張
(一) 原告森光の未払賃金
以下の賃金が未払である。
(1) 調整手当 六八万円
平成八年四月分から減額された月額二万円につき、平成一一年一月分までの三四か月分
(2) 定期昇給 一七万五〇〇〇円
ア 平成八年四月不昇給分二五〇〇円につき、平成一一年一月まで三四か月分の八万五〇〇〇円
イ 平成八年六月不昇給分二〇〇〇円につき、平成一一年一月まで三二か月分六万四〇〇〇円
ウ 平成八年一二月不昇給分一〇〇〇円につき、平成一一年一月まで二六か月分二万六〇〇〇円
(3) 賞与 六六万一〇一〇円
ア 平成七年冬季賞与、平成八年夏季賞与、同年冬季賞与の減額分合計四六万三三八五円
イ 平成九年夏季賞与、同年冬季賞与、平成一〇年夏期(ママ)賞与、同年冬季賞与の減額分合計一九万七六二五円
(二) 被告は調整手当の減額について、原告森光が高度の専門技能を有していないと判断したためと主張するが、調整手当三万円は、原告森光及び被告間の労働契約の内容となっており、被告の査定によって一方的に減額することは許されない。
また、被告は、定期昇給及び賞与について、「本人の技能、勤怠」「勤務状況」に基づいて査定したと主張するところ、減額査定について公正な運用がなされなければならないことは当然であり、そのためには、査定基準と査定手続が公正に定められていることが必要不可欠であり、それのない査定は恣意的なもので、査定自体の合理性を欠き、無効というべきである。被告では、査定基準も査定手続もなく、査定制度は存しないのであって、査定で決定したという主張は無意味であり、本件の不昇給や賞与の減額は被告代表者の恣意的な判断で行われたもので無効である。
(三) よって、原告森光は、被告に対し、右合計一五一万六〇一〇円と本訴提起時の請求額八〇万八三八五円に対する訴状送達の日の翌日(平成九年七月二六日)から支払済みまで、その余の七〇万七六二五円に対する平成一一年一月二九日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求める。
2 被告の主張
(一) 原告森光の調整手当は、同原告が高度の専門技能を有するものと信じて支給してきたものであるが、同原告が、後述のとおり、平成七年一一月一一日、リハビリ治療の際の過失から伊藤に骨折の負傷を負わせたこと、以前勤めていた病院でも同種の医療事故を起こしていたことが判明し、高度の専門技術を有していないと判断したために減額した。
(二) 定期昇給については、給与規程一九条に「本人の技能、勤怠等を勘案して決定する」と規定しており、これに基づいて定期昇給を見送った。
(三) 賞与については、給与規程二〇条に「支給対象期間における各人の勤務状況に応じて決定する」と規定しており、これに基づいて、平成七年冬季賞与、平成八年夏期(ママ)賞与、同年冬季賞与を各決定した。
(なお、被告は、右減額等について、当初、伊藤の事故に対する懲戒処分であると主張していたものを第五回口頭弁論期日において、右のとおり主張を変更するに至ったものである。)
四 (反訴)―争点3(伊藤の骨折についての原告森光の過失)について
1 被告の主張
(一) 平成七年一〇月二四日からのリハビリ治療の継続により、伊藤の膝は順調に回復し、同年一一月一〇日ころには、リハビリ開始から一〇分程度で一〇〇度(目標は一一〇度)くらいまで曲がるようになっていたが、腫れはほとんどひいておらず、リハビリ治療には細心の注意が必要であった。
原告森光は、同月一一日午前、伊藤にリハビリ治療を施した。
その際、同原告は、伊藤を診療台の上にうつ伏せにして寝かせ、自らは伊藤の左膝よりやや後方の位置にしゃがみ込み、伊藤の左足の甲を同原告の右肩に乗せて、同原告の上体を後方から前方にゆすることによって、伊藤の左膝を曲げていった。
同原告が、リハビリ治療を行っていたところ、伊藤が突然大声で叫び声をあげ、痛みを訴えてすすり泣いていた。
そこで、主任の木下は、同原告に治療を中止させた。
同月一四日レントゲン撮影の結果、伊藤の骨折が判明した。
(二) 伊藤の骨折は、同原告がリハビリ治療を施していた際に生じたものである。
原告森光は、伊藤に対するリハビリ治療に際して、治療中、常に痛みを確認するなどして、伊藤に傷害を与えることがないよう手で押す力の強度について十分注意を払うべき業務上の注意義務を負っていたのに、これに違反し、漫然と伊藤の左足に骨が耐えられないほどの力を加え、伊藤をして右骨折を負わせたのであって、同原告には、右注意義務違反の過失がある。
(三) 被告は、伊藤に対し、原告森光の過失を認め、治療費等五三万二五四七円を支払ったので、同額の損害を被った。
よって、被告は、同原告に対し、右損害の賠償と、これに対する反訴状送達の日(平成一〇年八月三日)から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 原告の主張
(一) 伊藤の膝は、他動で一〇〇度程度は曲がるようになっていたが、通常であればリハビリ開始後一週間もすれば減少するはずの痛みや腫れがひかず、したがって、リハビリ治療には細心の注意が必要であった。
原告森光は、伊藤を治療するようになった当初、伊藤を診療台の上に伏臥位にして寝かせ、施術者が、治療する患者の足の横に、足先に向かって座り、治療する足の足首を両手で持ち、施術者の上半身の重心を後方に移動させながら患者の膝関節を曲げる、という手法で伊藤の膝の可動域改善訓練を施していた。
しかるに、この方法は、患者の足首だけに力がかけられるため、膝関節面の滑りが悪くなり、関節面の一部がてこの原理により衝突して、角度の広がりを抑制したり、関節に障害を起こしたりする可能性があって、経過のよくない患者には施行すべきではない。
そこで、同原告は途中から次の方法に変更した。
すなわち、患者を診療台に伏臥位にして寝かせ、治療する患者の足(伊藤の場合は左足)の側に、患者の頭の方を向いて座り、患者の足の甲を施術者の右肩に乗せ、肩で下腿遠位端(脛の末端)を、右手で下腿近位端(膝の真下の脛)を同時に押す、というものである。
この方法は、関節面の衝突を避け、関節面の滑りを施術者が助けるため、可動域を慎重に改善することが可能である。被告が主張するように、足の「甲」を肩で押すのではなく、また、施術者の上体を前後にゆすることによって膝を曲げて行くというものではない。
平成七年一一月一一日、同原告は、伊藤に対して、マッサージ後、右の手技で可動域改善訓練を行った。
この日の前に担当したときは一〇〇度程度曲がっていたのであるが、右当日は九〇度くらいで、伊藤がいつもより強い痛みを訴えたので、同原告は直ちに治療を中止した。
その際、伊藤が、突然、叫び声を挙(ママ)げたことはないし、同原告の判断で治療を中止したのであって、木下が中止させたのでもない。
(二) 原告森光は、伊藤の症状をよく見て、慎重に施術を行ったもので、骨が耐えられないほどの力を加えたことはなく、一一月一四日に判明した伊藤の骨折と同原告の施術には因果関係がなく、過失もない。
第三(ママ)当裁判所の判断
(本訴)
一 原告白沢関係
1 争点1(同原告の時間外勤務及び休日勤務)について
(一) 証拠(<証拠略>、原告白沢)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実を認めることができる。
(1) 原告白沢は、昭和四八年に被告に雇用され、串田病院で診療受付及び医療事務を担当する事務職として勤務してきた。串田病院の外来診療受付は午前九時から一二時三〇分まで及び午後二時三〇分から七時までであり、同原告ほか三名の事務職員が対応している。同原告は、受付事務のうち、主としてカルテの出し入れ、診療報酬請求書と処方箋の照合、患者からの自己負担金の受領、調剤薬局での薬の受取方法の説明を担当しており、個々の業務は単純であるが、患者数は平均して午前約二〇〇名、午後約八〇名にも昇り、他に電話対応や救急患者の受付等もあるため、勤務時間中は多忙となる。また、医療事務は、診療報酬請求書(レセプト)の整理であり、受付担当者を含めて概ね五名程度(ただし、平成一〇年五月ころ増員され、現在は概ね七名程度)がこれに従事しており、同原告も、毎月三〇〇通以上(ただし、増員後は二六〇通程度)を処理してきた。
診療報酬請求は月単位で翌月一〇日ころの請求期限までに行うこととされているため、診療報酬請求書の整理は毎月の末日から翌月八日までに集中して行うこととなる。
同原告は、受付事務の合間にも医療事務を行うなどしていたが、勤務時間内では処理しきれず、このため、毎月月末から翌月八日までの間を中心として残業や休日出勤を余儀なくされた。
(2) 原告白沢は、平成六年七月ころに交通事故にあってその治療のため休職することとなったが、そのころまでは、残業等に対して時間外手当が支給されていた。
しかるに、平成七年二月二一日から職場復帰したところ、時間外手当は支給されなくなっており、代わりに、残業や休日出勤に相当する時間、代休を取得することができるとの運用に改められていたため、同原告も、代休を取得することはあった。もっとも、平成一〇年一月分の残業時間のうち六時間分、同年五月分の残業時間のうち一〇時間分については時間外手当が支給された。
(3) 串田病院の従業員の勤務時間や残業時間、代休取得の管理は、従業員各人が打刻するタイムカードと各人が申告する月別の個人別勤務表(平成七年七月以前は個人別勤務申告書と称されていた。<証拠略>)によってなされている。
原告白沢が、平成七年二月二一日以後に行った残業や休日勤務、代休取得の詳細は別紙累積時間一覧表<略>記載のとおりであり(同一覧表は同原告の個人別勤務表に基づき、一か月分の期間を前月二一日から当月二〇日までとして集計したものである。また、平成九年二月分から五月分までの間は、祭日でない土曜日を出勤日とみなし、一二時三〇分までの勤務については累積時間として算入せず、三月一日及び四月五日の各土曜日の午後の勤務時間のみを算入している)、同原告が、代休取得によって消化した残業時間を控除しても、累積した休日勤務を含む時間外勤務の時間は、平成九年二月二〇日の時点で一九二・五時間であり(ただし、同年二月分の個人別勤務表(<証拠略>)に次月繰越分として記載されている累積時間は一八六・五時間である)、さらに同年五月二〇日の時点で二二六・五時間(ただし、同年四月分の個人別勤務表(<証拠略>)に次月繰越分として記載されている累積時間は二二二・五時間である)、平成一一年一月二〇日の時点では、同原告が平成一〇年一月分及び五月分として時間外手当の支給を受けた時間を除いて、七六二・五時間(ただし、同年一月分の個人別勤務表(<証拠略>)に次月繰越分として記載されている累積時間は七六〇時間である。)にも昇(ママ)っていた。
(4) 原告白沢は、平成九年二月二一日から同年五月二〇日までの間において、同原告は、全ての土曜日に出勤して勤務した。このうち、
ア 三月分の日曜、祝祭日は五日であり、土曜日は四日あるところ、原告白沢は、全土曜日に三・五時間の半日勤務をしたうえ、さらに三月一日の土曜日には、右累積時間一覧表記載のとおり、午後二時間勤務した。
イ 四月分の日曜日は五日であり、土曜日も五日あるところ、原告白沢は、全土曜日に三・五時間の半日勤務をしたうえ、さらに四月五日の土曜日には、右累積時間一覧表記載のとおり、午後八時間勤務した。
ウ 五月分の日曜、祝祭日は七日であり、祝祭日でない土曜日は三日あるところ、原告白沢は、全土曜日に三・五時間の半日勤務をした。
(二) 右認定事実に対し、被告代表者は、その本人尋問において、原告が担当する受付事務は単純作業であって、多忙という状況にはなく、その合間に医療事務を処理することは可能であり、原告白沢が所定時間内での処理ができないのは、同原告の能力不足によるものである等と述べ、また、被告代理人作成の被告代表者からの陳述録取書(<証拠略>)には、これと同旨の記載があるほか、さらに、被告では残業する場合、口頭で上司の許可を得ることを要することとされているところ、同原告はその許可を得ることなく勝手に残っているとの記載もある。
しかしながら、まず、単純作業であっても、前記認定のとおり、その事務量は決して少なくないと認められるうえ、一時期に集中して多量の医療事務を処理しなければならないことからすると、同原告でなくとも残業の必要性が生じることは推測するに難くなく、現に被告代表者者(ママ)自身、その本人尋問において、他の医療事務担当者も残業していることを認めているのであるから、同原告のみが能力不足から、必要のない残業をしていたものとは認めがたい。また、被告は、代休処理の慣行を主張しているが、その前提としては従業員の時間外勤務等の把握管理が不可欠というべきところ、前記個人別勤務表には、代休取得時間について前月からの繰越時間、当月の増減、次月への繰越時間を記載するものとされていることなどからして、これが従業員の時間外勤務等の管理に用いられていたものと考えられる。そして、原告白沢の個人別勤務表には、前記認定どおりの時間外勤務の時間等が記載されており、右記載について被告が何らの異を唱えた形跡もないので、被告は右記載の時間外勤務等を承認していたものというべきである。
さらに、被告代表者は、その本人尋問で、残業に上司の許可を要する否(ママ)かについては詳細を知らないと述べて、陳述録取書の記載とは異なる供述をしているのであって、残業に上司の許可を要するとの取り扱いがなされていたとは認められない。
以上によれば、右被告代表者の供述や陳述録取書の記載のうち、右認定に反する部分はいずれも採用できず、他に前記認定を左右するに足る証拠はない。そして、右認定事実によれば、原告白沢は、別紙累積時間一覧表記載の時間外勤務や右認定に係る土曜出勤、休日勤務等をしていたものと認められる。
2 争点2(代休処理の慣行)について
そこで、次に、被告が主張する代休処理の慣行によって、時間外手当等の請求権が放棄されたか否かについて判断する。
弁論の全趣旨からして、現在、串田病院では、従業員が行った残業に相当する時間を、有給の休暇(代休)として取得し、消化することが行われていることは当事者間に争いがなく、右のような処理がいつ頃からいかなる手続きを経て行われるようになったのかは不明であり、これが労使慣行となっていると認めるに足る証拠はないし、労働基準法は、法定の労働時間を超える時間外労働や法定休日の労働に対しては割増賃金を支給すべきことを規定しており、右が強行法規であることからすると、これに反する慣行を認める余地はない。
また、被告では給与規程によって、所定労働時間を超える勤務に対して一定割合の時間外手当を支給することを定めているし、給与規程には、従業員が休日に勤務した場合の割増賃金に関する定めはないが、弁論の全趣旨からして、従前は、従業員が法定休日以外の休日に勤務した場合、時間外勤務に対すると同率の割増賃金が支給されてきたものと認められ、これらは同原告と被告との労働契約の内容となっているものであるから、被告が、一方的に代休処理を強制して時間外手当の支給義務を免れることは許されないというべきである。原告白沢は、本人尋問で、代休を取得したことはあるが、それは被告が時間外手当を支給しなくなったからであると述べており、一般的に見ても、代休処理が時間外手当の代償として労働者にとって有利なものとも考えられず、他方、前記認定のとおり、同原告には代休取得で消化した分を控除しても多数の残業時間が累積してきているのであり、これらの諸事情からを(ママ)総合すると、同原告が、代休を取得したことがあるとの事実から、時間外手当の請求権を黙示にも放棄したと認めるのは相当でないというべきである。
したがって、同原告は、前記認定事実によって認められる所定労働時間外の勤務や休日勤務に対して割増賃金の請求権を有するものと認められる。
3 原告白沢の未払賃金請求権
そこで、前記認定事実によって、原告白沢の未払の割増賃金額について判断する。
(一) 平成七年二月二一日から平成九年二月二〇日までの期間の未払賃金
前記認定事実によれば、原告白沢の右期間の所定時間外労働時間(休日勤務時間を含む。)の累積が、少なくとも一八六・五時間は存することが認められる。なお、平成七年二月二〇日当時すでに一七・五時間が蓄積されているが、同原告は、右期間において一七・五時間を超える時間を代休取得で消化しており、通常は古い蓄積分から消化されるものと考えられるから、平成九年二月二〇日時点で累積したものと認められる一八六・五時間の累積時間には、もはや右期間当初の蓄積時間は含まれていないと解するのが相当である。
証拠(<証拠略>)によれば、時間外手当算定の基礎となる原告の基本給及び諸手当は平成七年三月分の給与でみると、二六万七七〇〇円(基本給二四万三四〇〇円、資格調整手当七三〇〇円、皆勤手当九〇〇〇円、住宅手当八〇〇〇円)であり、その後の同原告の勤務状況や定期昇給等を考慮すると、右の期間の基本給及び諸手当が右同額を下回ることはないものと認められる。
原告の一か月の所定労働時間を一五六・三時間とすることについては、当事者間に争いがない。
右一八六・五時間には、同原告の法定休日の労働時間も含まれているが、同原告はそれについても、時間外手当と同割合の未払賃金の請求をしているに留まるので、右の時間についての一時間当たり単価を算定すると、次の算式により、二一四一円となる。
二六万七七〇〇円÷一五六・三×一・二五≒二一四一円
よって、右一八六・五時間に対する未払の割増賃金は三九万九二九六円となる。
(二) 平成九年五月二一日から平成一一年一月二〇日までの期間の未払賃金
前記認定事実によると、原告白沢の右の期間の所定時間外労働時間(休日勤務時間を含む)の累積は、五三六時間である(七六二・五時間-二二六・五時間=五三六時間)と認められる。
証拠(<証拠略>)によれば、原告の基本給及び諸手当は平成八年五月分の給与でみると、二七万四三〇〇円(基本給二四万七九〇〇円、資格調整手当七四〇〇円、皆勤手当一万円、住宅手当九〇〇〇円)であり、その後の同原告の勤務状況や定期昇給等を考慮すると、その後の基本給及び諸手当が右同額を下回ることはないものと認められる(原告は平成九年四月分以降の基本給及び諸手当として二八万一〇〇〇円を主張しているが、これを認めるに足る証拠がない)。
原告の一か月の所定労働時間を一五六・三時間とすること争いがなく、同原告が、右の期間に含まれる法定休日の労働時間についても、時間外手当と同割合の未払賃金の請求をしていることは右(一)と同様であり、右の時間についての一時間当たり単価を算定すると、次の算式により、二一九四円となる。
二七万四三〇〇円÷一五六・三×一・二五≒二一九四円
よって、右五三六時間に対する未払の割増賃金は一一七万五九八四円となる。
(三) 平成九年二月二一日から同年五月二〇日まで期間の未払賃金
(1) 右の間における法定休日の労働時間は次のとおりである。
三月二日 五・五時間
四月六日 四時間
五月四日 六時間
以上合計 一五・五時間
被告は、右の労働時間に対して、労働基準法三七条一項及び労働基準法三七条一項の時間外及び休日の割増賃金にかかる率の最低限度を定める政令により、三割五分の割増賃金を支払う義務がある。
原告白沢の一か月の所定労働時間を一五六・三時間とすることは当事者間に争いがなく、平成八年五月分以降の原告の基本給及び諸手当が、二七万四三〇〇円を下回ることがないことは前記のとおりであり(同原告は、平成九年三月分以後の基本給及び諸手当合計額が右の額より高額であることを主張しているが、これを認めるに足る証拠はない)、これによって右の時間についての一時間当たり単価を算定すると、次の算式により、二三六九円となる。
二七万四三〇〇円÷一五六・三×一・三五≒二三六九円
よって、右一五・五時間に対する未払の割増賃金は三万六七二〇円となる。
(2) 右の期間において、原告白沢が、平日(月曜日から金曜日)の所定労働時間を超えて勤務した時間、土曜日(ひとまず、休日ではないと仮定して)の所定労働時間を超えて勤務した時間、祝日の土曜日に勤務した時間は、別紙累積時間一覧表番号25ないし27記載のとおり、合計六一時間(三月分が一四時間、四月分が二七・五時間、五月分が一九・五時間)である。
ところで、同原告は、勤務した土曜日のうち二月二二日、三月一日、八日、二二日、二九日、四月五日、一二日、二六日の各土曜日は法定外休日であったと主張するが、これらが、休日として取り扱われていた証拠はない(原告白沢の個人勤務表(<証拠略>)によっても、これら土曜日が全て公休日と記載されているわけではないし、公休日と記載されている場合でも、公休日の集計の記載などからすると二分の一休日として取り扱われているふしがあり、現に休日としての処理がなされていたかには多大な疑問があるし、証拠(<証拠略>)によっても、土曜休日の付与については必ずしも機械的に定まるものとはされていない)。しかしながら、同原告は、前記認定のとおり、右の期間の全土曜日に出勤して、少なくとも出勤土曜日には三・五時間の半日勤務をしているところ、被告が平成七年に導入した変則週休二日制の趣旨(すなわち、日曜、祝祭日を含む八日に満つるまでの土曜日が原則として休日となる。)や同原告が休日として取得したことが明らかな日曜、祝祭日の日数等からすると、三月分の土曜日四日のうち、いずれか三日は休日と取り扱われるべきであり、四月分の土曜日五日のうち、いずれか三日は休日と取り扱われるべきであり、五月分の祝祭日でない土曜日三日のうちいずれか一日は休日と取り扱われるべきであったと認められる。そうすると、右七日間をいずれと特定することはできないけれども、その勤務時間合計二四・五時間(三・五時間×七日)については法定外の休日勤務に相当する時間であると認めて、これに対する割増賃金が支給されるべきである。
所定労働時間外の労働時間に対する賃金の割増率と法定外休日の労働時間に対するそれとが同率であることは当事者間で争いがなく、平成八年五月以後の基本給及び諸手当二七万四三〇〇円を下回らないことは前記のとおりである。
そうすると、これらに対する一時間当たりの単価は、次の算式により、二一九四円となる。
二七万四三〇〇円÷一五六・三時間×一・二五≒二一九四円
よって、右期間の所定労働時間外勤務及び法定外休日勤務の合計時間八五・五時間に対する未払の割増賃金額は、一八万七五八七円となる。
(四) 以上によれば、被告は、原告白沢に対し、以上合計一七九万九五八七円の未払の割増賃金とこれらに対する遅延損害金の支払義務がある。
また、原告白沢は、平成九年五月二一日から平成一一年一月二〇日までの未払賃金について付加金の支払をも求めているところ、被告に付加金の支払を免除しなければならないような特段の事情は認められないから、右期間の未払賃金一一七万五九八四円と同額の付加金の支払を命ずることとする。
原告白沢の請求は右の限度で理由があるが、その余は理由がない。
二 原告森光関係
1 被告が、原告森光の調整手当三万円を平成八年四月から一万円に減額したこと、同原告につき、定期昇給を行わず(平成八年四月及び六月)、あるいは減額して昇給させ(同年一二月)、さらに平成七年冬季賞与以降、年二回の賞与について原告森光に対して減額して支給したことは当事者間に争いがない。
2 これらの措置のうち、調整手当の減額について、被告は、同原告が、リハビリ治療の際の過失から伊藤に負傷させるという事故を起こすなどしたことから、高度の専門技術を有していないと判断したためであると主張する。
しかしながら、給与規程(<証拠略>)七条は、調整手当が賃金の構成部分であると規定し、一〇条で「医師、レントゲン技師等の高度の専門技能、あるいは特殊技能に対し定められた月額を支給する」と規定しているところ、原告森光に支給されていた調整手当は、雇用契約締結に当たって、同原告が従前支給されていた賃金を下回らないこととするとの条件を出し、被告がこれを承諾して取り決められたものであって(当事者間に争いがない)、右のような調整手当の趣旨や原告森光の調整手当額取決の際の経緯に照らすと、原告に支給されていた調整手当は、被告が、同原告の能力評価等によって一方的に減額したりすることができるものと予定していたとは認められない。
そうすると、被告が減額したとして支給しなかった調整手当については、賃金の一部未払というべきである。
3 また、被告は、定期昇給や賞与について、給与規程一九条及び二〇条を根拠に原告森光の「勤怠」「勤務状況」等を考慮した結果であるという。
しかしながら、被告が考慮したという原告森光の具体的な勤務状況等は主張されていないこと、被告は当初、伊藤の事故を引き起こしたことに対する懲戒処分であると主張していたこと等に照らすと、被告の同原告に対する賞与や定期昇給の不利益扱いの真意は、主として右事故を理由とするものと推認される。
しかるに、後述のとおり、右事故について、原告森光に帰責原因を認めることはできないのであって、これを理由とする不利益扱いは根拠のないものというべきである。
定期昇給や賞与については、その支給基準や支給額、昇給額について当事者間で合意がなされたと認めるに足る的確な証拠はなく、就業規則その他においても確定的な支給率や昇給額が定めれ(ママ)ているものではないから、被告が原告森光のみ定期昇給をさせず、また、本来の支給額より低額の賞与しか支給しなかったからといって、原告森光が、その定期昇給や賞与についての差額を未払賃金として当然に請求できるというものではないが、本件では、従前から定期昇給については定期に一律昇給とされ、また、賞与についても勤怠がない限り定率で算定した額の支給がなされてきていたというのであり(争いがない)、原告以外に異なる扱いがされた例はなく、このような従前からの経緯に照らすと、定額の定期昇給や定率で算定した賞与の支給は慣行となっていたものというべきである。
右のとおり、被告が考慮したという原告森光の勤怠の具体的な内容は不明であるし、推認できる真の理由は根拠がなく、そうすると、原告森光も他の従業員同様の定期昇給や同率の賞与の支給を受けるべき権利を有するものと認められ、被告が昇給させなかったり、減額したとして支給しなかった額については、賃金の一部未払というべきである。
4 未払額は、前記争いのない事実からして次のとおりと認められる。
(一) 調整手当については、減額された月額二万円につき平成八年四月分から平成一一年一月分まで三四か分(ママ)合計六八万円。
(二) 定期昇給については、平成八年四月不昇給分二五〇〇円につき、平成一一年一月まで三四か月分の八万五〇〇〇円、平成八年六月不昇給分二〇〇〇円につき、平成一一年一月まで三二か月分六万四〇〇〇円、平成八年一二月不昇給分一〇〇〇円につき、平成一一年一月まで二六か月分二万六〇〇〇円、合計一七万五〇〇〇円
(三) 賞与については (ママ)平成七年冬季賞与、平成八年夏季賞与、同年冬季賞与の減額分合計四六万三三八五円、平成九年夏季賞与、同年冬季賞与、平成一〇年夏季賞与、同年冬季賞与の減額分合計一九万七六二五円、合計六六万一〇一〇円。
よって、以上合計一五一万六〇一〇円とこれに対する遅延損害金の支払を求める原告森光の請求は理由がある。
(反訴)
一 証拠(<証拠・人証略>)によれば以下の事実が認められる。
1 伊藤は、変形性膝関節症により、串田病院に入院して平成七年一〇月一七日に左膝人工関節置換手術を受け、同月二四日からリハビリ治療を受けていた。伊藤に対するリハビリ治療は施術した左膝関節が一一〇度程度まで曲がるようにすることを目的とする可動域改善訓練であった。
リハビリ開始後の伊藤の左膝の経過は、診療録によると次のとおりであった。
同年一〇月二六日、疼痛異常なし、腫脹マイナス。
同月三〇日、抜糸。
同月三一日、左膝関節屈曲八八度。
同年一一月七日、左膝関節屈曲九〇度まで可。
同月八日、左膝関節腫脹プラス。
同月一〇日 (ママ)左下腿が痛くて歩行し難い。
2 このころ、串田病院リハビリ室には、主任木下、原告森光、町井の技師三名のほか助手が二名勤務しており、治療は患者に対する担当者制をとらず、右三名の技師が適宜当たるというものであった。このため、右の間に原告森光も木下も伊藤には数回リハビリ治療を施したことがあった。
平成七年一一月一一日の伊藤に対する治療は原告森光が担当した。
膝関節可動域改善訓練の手技としては、患者を診療台の上に伏臥位にして寝かせ、施術者が、治療する患者の足の横に、足先に向かって座り、治療する足の足首付近を両手で持ち、施術者の上半身の重心を後方に移動させながら患者の膝関節を曲げるという方法(以下「A手技」という。)が普通に行われており、木下は専らこの手技を用いていた。
原告森光も、通常はこの手技を用いていたが、この方法だと一点だけに力が掛かりすぎ関節周囲の軟部組織に負担をかけることになることやより屈曲を容易にするためとの理由から、右足首付近と膝付近のすねの二点に同時に力を加えるという方法を採用し、右の手技を用いる場合でも右二点を同時に引っ張るという手法を用いていたし、さらに、診療台に伏臥位にして寝かせた患者の治療する足の側に、同方向を向いて座り、患者の足の甲を施術者の右肩に乗せ、肩ですねの末端を、右手で膝付近のすねを同時に押すという手法(以下「B手技」という。)を用いることがあった。
原告森光も伊藤に対しては当初A手技で治療していたが、リハビリを開始後二週間以上たつのに、伊藤の痛みや腫れがひかないため、原告森光は慎重を期して途中からB手技で治療するようになった。
右一一月一一日の治療に際して、原告森光は、筋肉をほぐすためのマッサージを施した上、B手技による可動域改善訓練を開始した。しかるに、それまでに伊藤の左膝は九〇度から一〇〇度程度まで曲がるようになっていたのに、同日は、九〇度に満たない浅い角度まで曲げた段階で、伊藤が強い痛みを訴え、このため、原告森光は治療を中止した。
同月一一月一四日、レントゲン撮影により、伊藤が本件骨折を負っていることが判明した。なお、診療録の同日の箇所には、「同月一一日リハビリ中より疼痛、矯正中非常に疼痛(++)」との記載がある。
二 以上認定の事実に対し、(人証略)は、一一月一一日の伊藤に対するリハビリ治療に際しては、原告森光は腰を浮かせた格好でB手技を行っていたこと、そのような手技を目にするのは初めてで不審に思ったこと、治療中伊藤が突然叫び声をあげ、引き続いてすすり泣いていたこと、原告森光が何か事故を起こしたと思ったことなどを供述している。
これに対し、原告森光は、本人尋問で、右のような事実が存したことをいずれも否定しているうえ、木下はリハビリ室の主任であり、原告森光が相当でない治療を施したうえ、事故を起こしたと認識したというのであれば、現場の責任者として何らかの措置を採るのが普通であると思われるが、その後、木下が、事故の有無を確認したり、原告森光の当時の治療内容の(ママ)問題にして注意を与えたりしたことは認められないし、後述のとおり、右同日ころは伊藤が左下腿の痛みを訴えるなどしていて、普段以上の治療を施せる状況にはなかったことなどからして、木下の右供述は信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
三 そこで、前記認定事実によって判断するに、伊藤は原告森光のリハビリ治療中に治療継続ができないほどの痛みを訴えていることやその後まもなく本件骨折が判明していること、伊藤は、このころ串田病院に入院して療養中であり、骨折の原因となる事態も自ずと限られてくることなどからすると、伊藤の本件骨折が原告森光のリハビリ治療中に生じた可能性は高いというべきである。
しかしながら、本件骨折の詳細やこれがいかなる力が加わることによって生じたものであるかは不明であるうえ、原告森光らが施していたリハビリ治療は、膝の屈曲方向に合わせて外部から押す、あるいは引く等の力を加え、伊藤の左膝の屈曲角度を増大させるということも主たる目的としたものであり、骨折の部位からして、多少の無理をさせたとしても、単なる膝の屈伸というのみで右のような骨折が生じるとは通常考え難いところである。原告森光が用いていたB手技は、足首付近とともに膝付近のすねを同時に押すことによって膝の屈曲を促進しようとするものであり、本件骨折部位付近に直接力を加えるものであるが、これをA手技と比べた場合、関節付近の骨にいかなる負担をかけることになるかは明らかでなく、B手技をもって不相当な手法であると断ずることはできない。原告森光が施したリハビリ治療(B主(ママ)技)から本件骨折が生じ得ることについては、被告において何らの立証をしておらず、本件全証拠によってもこれを認めることはできない。
また、診療録には、手術後一〇日くらいたった一〇月二六日ころには、痛みや腫れに異常がないかのような記載があり、その後、一一月七日になって腫脹があること、同月一〇日に歩行困難な左下腿の痛みがあることの記載がされているのであって、この間の伊藤の左膝の経過や症状の詳細は不明であり、一一月一〇日ころは歩行に支障を来すほどの左下腿の痛みがあったことや一一月一一日のリハビリ治療において、伊藤が、以前屈曲可能であった角度より浅い角度まで曲げた段階で強い痛みを訴えるなどしていたことなどからすると、それ以前に既に骨折が生じていた可能性を否定できないが、被告は、右同日前のリハビリ治療の担当者や施した治療内容等を明らかにしていない。
さらに、原告森光が、右のような伊藤の訴えがあるにか(ママ)かわらず、普段以上の無理な屈曲を強いたとは考え難く、また、普段にない特殊な治療を施したと認めるに足る証拠もない。
以上を総合すると、原告森光のリハビリ治療が本件骨折の原因どなった可能性は否定できないものの、未だ、これを認めるには足りないというべきである。
そうすると、本件骨折が原告森光の過失によるものであると主張して損害賠償を求める被告の請求は理由がない。
(裁判長裁判官 松本哲泓 裁判官 松尾嘉倫 裁判官 和田健)